学校日記

【5月25日】見えないところで

公開日
2021/05/25
更新日
2021/05/25

つぶやき

 『ありがとう、先生!』という本があります。かつて、自分の出会った先生にかけられた心に残る言葉を全国から集めた紹介するラジオ番組がもとになっている本です。
 今日は、その本の中にあるお話からです・・・

 息子が大学に進学して家を出た。それを機に、働きたいなと思った。20年近く専業主婦でやってきたけれど、もう一度社会と接点を持ってみたい。ここ数年そんなふうに考えていた。きっかけはテレビのドキュメンタリー。ある山里のおばあちゃん。村に生きる彼女たちは、自分たちが何気なく見ていた森の葉っぱが、京都の料亭などで重宝に使われることを知る。組織を作り、葉っぱを集め、それを売る。みんな生き生きとした顔をしていた。あるおばあちゃんが言っていた。「働くっていいね。何歳になっても働くっていいもんだよ」
 近所に大きな書店があった。そこでパート募集をしている。私は面接を受け、採用された。店内の掃除、レジ打ち、そして届いた書籍や雑誌を並べる。お店のエプロンをして走り回る。思えば中学生の頃から本屋さんが大好きだった。本屋さんの匂い、たくさんの本が並んだ景観、独特の静寂に包まれる店内。暇があると近所の本屋さんで時間をつぶした。私に本を読む楽しさを教えてくれた国語の先生の顔も久しぶりに思い出した。
 同じアルバイトに大学生の茂原君がいた。息子と同い年くらい。彼はいつも髪の毛を綺麗にセットしていて「マジっすか?」が口癖だった。最初はハキハキしない気むずかしい男の子だと思っていたけれど、ただの人見知りなんだとわかった。私たちはお昼休憩や閉店後の棚おろしのときに、ポツリポツリ話すようになった。
 ある朝、開店前。新館を整理しているときに茂原君が訊いてきた。
「あの、店の前とかいつも掃いてますよね。それと、ウチの店のトイレ掃除。あれ別にバイトがやんなくても・・・オレら本の整理がメインっていうか・・・」
「見てたんだ、茂原君」
「ええ、まあ」
彼は頭をかきながら私をチラッと見た。揶揄するのではなく、どうしてそういうことをするのか不思議そうだった。
「あのね、ここで働くようになって、昔、中学のときに、私に本を読む楽しさを教えてくれた担任の先生のこと、思い出したんだけど・・・ほら、子どもの頃って、先生が見ているときはきちんとするのに、見ていないときはだらけたりサボったりするでしょ?あるとき、その国語の先生がこう言ったの。『見えない仕事は進んで行う!見える仕事はみんなで行う!それが人生を幸せにするもんだ!』ってね。なんか、その言葉ずっと残っていて・・・」
 翌朝、私がお店の前をほうきで掃いていると、彼もやってきて、ニコッと笑った。
「オレ、あっちのほう、掃いてきます」
その後ろ姿を見送りながら、私はかつての国語の先生にお礼を言った。
「先生、ありがとう!」

 頼んだことを「はい!」っと笑顔でしてくれると頼んだ方は大変気持ちのいいものです。御陵中にもそんな素敵な子ども達がたくさんいます。そしてもっと言えば、何も言わなくても気づいて動いてくれるとさらに感心します。状況を察し、どう動けばいいか考え行動できる。要するに「目配り・気配り・心配り」ができる子です。
 以前私が担任をしているとき、普段の口数は多くなく、周りから見れば「真面目でおとなしい子」という印象のSさんがいました。ある日の放課後、教室に戻ると数人の子ども達が残って、委員としての作業をしていました。私は何気なく、子ども達のファイルや道徳の本などが並んでいる教室の棚の中を見ました。すると、どのファイルも本も出席番号順にとても綺麗に並べられていました。私は、そこにいた子ども達に
「うちのクラスの棚、いつも綺麗にされてるよね?みんなが綺麗に置いてくれて、感心やね」
と言うと、その中の一人が
「先生、うちのクラスの棚、いっつも綺麗ですよ。だって、Sちゃんが、気づいたらいつも、みんなのファイルとかを並べてくれてるんですよ。放課後も棚の中を整理して帰るんです。Sちゃん、本当に優しくて気配りすごいんです」
 私は、ハッとすると同時に、Sさんの素晴らしさを改めて知ることになりました。係でもなく頼まれたわけでもなく、自分から進んで・・・本当に素晴らしい行為です。私は、次の日の朝の会でそのことをクラスのみんなに話しました。みんなは自然と拍手をしてくれました。Sさんは照れくさそうに微笑み、みんなにお辞儀をしました。

 『見えない仕事は進んで行う!見える仕事はみんなで行う!それが人生を幸せにするもんだ!』という言葉から私はかつてのエピソードを思い出しました。子どもでも大人でも、見えない仕事を進んでできる人って本当に素晴らしいと私は思います。そして、見えないところで頑張っている人に気づく目を、私は常にもっていたいと思います。