【6月17日】当たり前のありがたさ
- 公開日
- 2021/06/17
- 更新日
- 2021/06/17
Kのつぶやき
福岡県においては、現在発出されている「緊急事態宣言」が20日で解除され、来月11日までの「まん延防止等重点措置」へ移行されることで、政府の方針が固まったことが報道されていました。福岡県の新規感染者数は減少はしていますが、今後も引き続きの感染対策や制限をしていかなければ再拡大が懸念されるためとのことです。
来週23日は「体育発表会」、そして26日からは延期になっていた筑紫区中体連大会も始まります。無観客での実施ではありますが、感染対策をしながら、子どもたちが自分の力を出し切り、満足感や達成感を味わうことができるように、職員一丸となってサポートしていきたいと思います。
さて、写真上は、1時間目1年生保健体育の時間の「集団行動」の様子です。各クラスを2つに分け、それぞれのグループのリーダーを中心として、今月23日の本番へ向けて練習しているところです。統一感や一体感、きびきびとした態度に気をつけながら取り組んでいました。
写真下は、本日10時に緊急地震速報が流れたときの、子どもたちのいのちを守る行動の様子です。緊急地震速報がきちんと聞こえるように、校内の放送設備が整い、今日を迎えました。子どもたちは、放送が流れるとすぐに、
1 姿勢を低く!
2 頭・体を守る
3 揺れがおさまるまで動かない
という、「いのちを守る3行動」をとることを意識して机の下に潜っていました。今日はここまでの訓練でしたが、実際には揺れがおさまったら、先生方の指示に従ってグラウンドなどに避難することとなります。地震は決して他人事ではなく、どこででも起きる可能性がありますので、学校としても防災教育の充実を図りながら、子どもたちのいのちを守ることを一番に考え、教育活動に取り組んでいきたいと思います。
コロナ禍で、まだまだ制限等はありますが、写真にもあるように、子どもたちは日々の授業や部活動、そして様々な活動に一生懸命取り組んでいます。以前にも述べましたが、朝校門に立ち、子どもたちから「おはようございます!」の元気で明るいあいさつをしてもらうだけで、元気になります。本当にありがたい気持ちになります。「子どもたちが登校し、挨拶をしてくれる」という当たり前が、本当に幸せだと感じるようになりました。それは、コロナ禍で不自由なこと、苦しいことがあった(ある)からだと思うのです。もちろん、早期の収束を心から願ってはいますが、それでもこのような状況になったからこそ、今までの当たり前がいかに大切でかけがえのないものだったかがわかります。
当たり前に感謝することについて、京都府宇治市にある西宇治中学校の中島陽花さんの「あたり前に感謝を」という作文の中から抜粋します。
・・・「当たり前」だと思っていることに感謝することの大切さに気づいたのは、部活動だけではない。休校中は、友達にも会うことができなかった。いつもなら、毎日会っている友達に会えないことは、思っていた何倍も寂しいことだとわかった。この時代、多くの人が携帯電話を持っていて、友達とも簡単に繋がることができるが、やはり直接会って話すことが一番よいと感じた。なぜなら、直接会って話す方が会話も盛り上がり、思ったことを素直に話せるからだ。
私はこのような経験から、今まで当たり前だと思っていたことは当たり前ではないことに改めて気づかされた。それはどういうことかというと、当たり前だと思っていることは必ず誰かが私たちを支えてくれているおかげであり、身の回りの大切な人たちの存在があるからこそ、当たり前になっているということだ。だから、私たちはその人たちに感謝の気持ちを忘れてはいけない。つまり、それは「当たり前」だと思っていることに感謝することを大切にしなければならないということだ。また、皆がこのことを意識したら、当たり前の日々を失いたくないという気持ちを持ち、それが行動にもあらわれてくると思うからだ。私自身も意識し、少しでも今の状況が良い方向へ向かっていってほしいいと思う。そして、この状況が収まっても、「当たり前」への感謝の気持ちを忘れず、過ごしていきたい。
改めて、「当たり前」のありがたさ、そして周りの人への感謝を忘れてはいけないと思います。互いが互いを尊重し、本当の意味での思いやり溢れる行動をとることができればと思います。