【1月9日】初の心
- 公開日
- 2026/01/09
- 更新日
- 2026/01/09
校長のひとりごと
人間学を学ぶ月刊誌『致知』2月号に、青山俊董(あおやましゅんどう:愛知専門尼僧堂 堂頭)さんが「『一』の心に学ぶ」というタイトルで寄稿されています。「一」という字には、「初め」「初の心」という意味があり、「初の心」について考えるという部分がありますので、一部抜粋します。
東井義雄先生の詩に、
目がさめてみたら
生きていた
死なずに
生きていた
生きるための
一切の努力をなげすてて
眠りこけていたわたしであったのに
目がさめてみたら
いきていた
劫初(ごうしょ)以来
一度もなかった
まっさらな朝のどまんなかに
生きていた いや
生かされていた
(※劫初とは、仏教における「この世が始まったばかりの大昔」という意味)
というのがある。
正月ばかりではない。時はつねに「まっさら」だ。昔あった時などというものはない。そのまっさらな時に立ち向かうのに、われわれは何とくたぶれた(くたびれた)姿で立ち向かっていることか。どうにもならない過去を背負いこんだり、来るか来ないかわからない未来を抱きこんだりして、二度と来ない「今」をとりにがしている。前後裁断してまっさらな気持ちで「今」に取り組んでいきたい。
古人の言葉に「初心忘るべからず」というのがある。「よし、やるぞ!」と立ち上がる。人生の旅路には山も川もある。柔軟に対応しながら、初心を忘れず歩み続ける。…(後略)…
私たちは、多くの「ひと」「もの」「こと」のおかげで、生きています、いや、生かされています。決して一人では生きていません。そして、過去は変えられませんが、「今」を変える、頑張ることで未来も変わるはずです。昨日のひとりごとに載せた、レーシングドライバーの佐藤琢磨さんの素晴らしい「アタック(挑戦)」も、それまでの日々の「アタック」や「努力」があってこそです。「今」、精一杯に努力することこそ大事なのだと思います。新しい年、しめくくりの3学期、先を見据えつつも「初心」を忘れることなく、「今」を大切に、日々最善を尽くしていきたいものです。
(ひとりごと第1143号)