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【3月18日】新たなスタート

公開日
2026/03/18
更新日
2026/03/18

校長のひとりごと

 今朝の読売新聞のコラム『編集手帳』からです。


 『存在の耐えられない軽さ』で知られる作家ミラン・クンデラは4月1日に生まれている。当欄で追悼記事を書いたときから、それが頭の隅に残っていたらしい。

 フランスで活動した文豪の誕生日と何ら関係しないものの、来月からの年度替わりを控えクンデラの一節を思い出した。

〈私たちは一度しか生まれない。前の生活から得た経験をたずさえてもうひとつの生活をはじめることは決してできない〉(『小説の精神』法政大学出版局)

 どの年代だろうと、生きられるのは一度きりである。新社会人が旅立つ季節を迎えた。仕事を持ち、ひとり立ちする時期は人生の節目に違いない。予想もできなかった出来事に次から次に遭遇するのが社会人1年目というものだろう。前掲の文章は

〈私たちは若さのなんたるかを知ることなく少年時代を去り、結婚の意味を知らずに結婚し、老境に入るときですら、自分が何に向かって歩んでいるかを知らない〉

 と続いていく。

 これほど日本で桜が愛されるのは、人生に変化が訪れる年度替わりとも無関係ではないだろう。今年もソメイヨシノが各地でぽつぽつと開き始めた。


 3月中旬となり、間もなく年度も終わりを迎える。3年生の子どもたちは高校をはじめとするそれぞれの進路へ。1・2年生は明日の生徒総会、来週の修了式を終えると、新学年、新クラスとなる。それぞれの職場の中でも別れと出会いの時期である。そして、コラムにもあるように学生から社会人となる人たちもたくさんいます。

 昨日、かつてのバレー部の教え子と食事に行きました。4月からは母校の大学の教員として、そしてバレー部の監督として赴任することになったとのこと。来週には準備のため福岡を離れるので、その前に私に挨拶に伺いたいと電話をしてきてくれたのでした。それを受けての昨日の食事会でした。

 彼は、中学卒業後も事あるたびに私に挨拶に来てくれたり、電話で近況報告をしてくれたりする本当に律儀な子です。小学校からサッカーをしていた彼は中学でもサッカー部に入る予定だったのですが、お母さまのすすめもあり、中学では私が監督をするバレー部に入部してくれました。努力家でひたむきに練習する彼は確実に上手になり、2年生からはキャプテンとしてチームを引っ張りました。3年生のときには、他県の先生方からもそのひたむきな姿勢、戦う姿を褒めてもらうほどに成長していました。高校は日本一になりたいとバレー強豪校に行き、3年生のときにはレギュラーではなかったのですが、相手チームの分析等をしながら監督の先生のサポートもしつつ、高校3冠に大いに貢献しました。大学ではバレー部の学生コーチをするほどになり、全日本女子の練習にサポートとして関わりました。その後はVリーグのコーチとして活躍。さらにコーチングについて専門的に勉強したいと大学院に行き学び、この度、母校の大学の監督に就任することになりました。そんな彼と昨日は中学時代の思い出話とともにとても楽しい時間を過ごさせていただきました。彼が言うのです。

「僕の礎をつくってくださったのは、藤井先生なんです。先生と出会ったこと、バレーボールと出会ったことが僕の今の人生をつくっているのです。ですから、とても感謝しています…」。

 有り難い言葉です。彼らにどれだけのことができたかはわかりませんが、それでもこうやって連絡をしてくれる。会いに来てくれる。本当に嬉しいことです。その店を出る直前、お母さまも来てくださって、挨拶してくださいました。

「あなたが監督で頑張っている試合、いつか見に行くから…」

 というと、

「先生に応援してもらえるようなチームをつくって、ぜひご招待します!」

 と笑顔でこたえてくれました。彼も新しい世界へ踏み出します。きっとたいへんなこと、苦しいことがたくさんあるだろうと思います。それでも、たった一度の人生…彼の念願であった「バレー部監督」としてのスタートです。彼ならきっと素晴らしいチームづくりをしていくと信じています。綺麗な桜が咲くように、彼の人生がますます花開き輝きますように…


(ひとりごと第1189号)