【9月3日】わびさび
- 公開日
- 2025/09/03
- 更新日
- 2025/09/03
校長のひとりごと
本校の教職員が仕事で使用する「校務用パソコン」は、昨日「Windows10」から「Windows11」へのアップグレード(既存のものよりも性能や機能を向上させること)が業者の方によって行われました。ただ、様々なものがまっさらの状態になっており、新たに設定したり、データの移行をしたりするのに手間取り、午前中の多くの時間を使ってしまいました。午後からは出張もあり、まったく「ひとりごと」に取りかかることなく、夜を迎えてしまいました…(T_T)
「今日のひとりごとは休み-!」という心の声と、「いや、めげずにもうひとがんばりしなさい!」という心の声が葛藤する中、打ち始めました。
さて、8月30日付、西日本新聞のコラム『春秋』に、昨日のひとりごとに関連するような内容が書かれています。
最近バージョンアップした対話型AI(人工知能)の受け答えが「冷たくなった」「友人のように寄り添ってくれない」と不評らしい。大切な話し相手はAIという時代に、人の手や目や声を使った仕事が機械に代わるのは致し方ないことだろう。
気象庁はこの冬から「初霜」「初氷」の観測を取りやめると発表した。各地の気象台職員が植物や地面に付いた霜の様子、水を入れた容器の氷の張り具合を外で見て確認する地道な作業である。初霜、初氷の目視観測は、古くは北海道で150年前に始まり、1952年から全国共通の手法で行われてきた。今はアメダスや気象レーダー、衛星による観測の自動化で高精度な気象情報が分かるため廃止を決めた。気象庁は観測の自動化、合理化を進めてきた。昨年3月には「快晴」「薄曇」といった空模様の目視観測を終え、雲一つなくとも快晴とは言わず「晴れ」になった。4年前には四季を彩る動植物の観測も大幅に縮小した。空の雲や吹く風、太陽や月の見え方を観察し、天気を予測する技術を「観天望気(かんてんぼうき)」と呼ぶ。データ分析で代行できるなら、技は引き継がれず、いずれ雲散霧消してしまうかも。
言葉は記憶を刺激する。初霜、初氷、快晴という言葉は霜柱を踏みしめた音、氷を割る感触、見上げた真っ青な空を思い出させる。記憶の引き出しが開く機会が減ってしまうとすれば、それは残念なことだ。
昨日も言いましたが、日本語って本当に奥が深くて難しい…という面はありますが、だからこそ、面白くて趣深い言葉でもあると思います。趣深い言葉といえば、「木漏れ日(こもれび)」「夕焼け(ゆうやけ)」「時雨(しぐれ)」「晩秋(ばんしゅう)」「陽炎(かげろう)」「徒然(つれづれ)」「郷愁(きょうしゅう)」「風情(ふぜい)」「幽玄(ゆうげん)」…と、どれだけでも出てきます。
「侘び寂び(わびさび)」という言葉もあります。日本の美意識を象徴するような言葉です。「侘び(わび)」は、質素で飾り気のない中に見出される美しさのことで、簡素さ、素朴さ、不完全さの中に、奥深い味わいや精神的な豊かさを見出す考え方です。「寂び(さび)」は、古びていく中で生まれる美しさのことで、時の経過、自然な風化、静けさの中に、深みや趣を感じる美しさです。つまり、「侘び寂び」とは、完璧さや華やかさではなく、簡素さや古さの中に、独特の美しさや精神的な価値を見出す美意識のことです。
便利で感動するくらい進化したたくさんの「デジタル」なものに囲まれている私たちですが、やはり「アナログ」で古めかしいもの、不完全なものにこそある美しさや懐かしさなども大事にしたいと思う私です。
(ひとりごと第1068号)