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【12月2日】小さなことを確実に

公開日
2025/12/02
更新日
2025/12/02

校長のひとりごと

 致知出版社の『1日1話、読めば熱くなる365人の人間学の教科書』の「バレーボール日本一を達成した秘訣」(東北福祉大学特任教授・元古川商業女子バレーボール部監督 国分秀男氏)からです。


 日本一になる条件は、自分がまず日本一の監督になることだと思います。ある時までは、すごいプレー、難しいプレーができるチームが優勝するものだと思っていましたが、それは思い違いでした。

 全国大会の前後には必ず監督懇親会が開催されるんですね。47都道府県の代表チームの監督が一堂に会して、6つか7つのテーブルに分かれて懇談をするのですが、不思議なことに優勝を狙う強いチームの監督は奥へ、1回戦で負けるチームの監督は入り口に近い席に座るんです。これは年齢に関係なく、自然とそうなる。不思議なものです。別に席が決まっているわけじゃない、会費も同じ。人生は一度しかないんだから、この機会を逃してはならないと思い、まだ無名の頃から奥のテーブルについて名監督たちが大会前夜にどんな話をされるのか、ビールをつぎながらじっと耳を傾けました。ただ、そこでしていたのは、いわゆる普通の話なんですよ。名監督といえどもそんなに高尚な話をしているわけではない。つまり、自分とほとんど同じ人間だと実感したのです。

 しかし一方で、小さなこと、そんなことはやろうと思えば誰でもできる、ということに対しては非常に厳しいんだなという印象を持ちました。例えば、ボールをとる時はコート内で選手同士がぶつからないように大きな声を出すとか、旅館のスリッパは揃えて脱ぐとか、誰でもやれる当たり前のことを徹底してやらせる。それはテレビの取材があろうが、何万人の観客が入っていようが、いついかなる時でも確実にやらせるのです。「そうか、すごいプレーができるチームが日本一になるんじゃない。小さなことを確実にできるチームが日本一なんだ」と学びました。鍵山秀三郎氏がおっしゃる「凡事徹底」は日本一達成の秘訣でもあります。この二つが分かった時、自分も絶対日本一になれると確信しました。そして1979年、国体で念願の日本一になりました。…(後略)…


  国分さんは、高校バレーの三大全国大会(インターハイ・国体・春高)の優勝回数で史上最多記録を持つ監督として有名な方です。もちろん、技術的な指導や戦略・戦術においても素晴らしかったことはいうまでもありませんが、「凡事徹底」にこだわっておられたことがよくわかります。

 私の知っている素晴らしい指導者の方々のチームの選手も、技術的にも素晴らしかったのですが、バレーに向き合う姿勢やコート外の姿が何より素晴らしかったです。練習までの準備の早さ、靴やカバンなどの並べ方、礼儀、ひたむきさ…その姿に感動していました。ですから、私のチームの子どもたちにもその姿や姿勢をできるだけ見せたり、日常生活を大切にすることの話をしたり、バレーボールを通して、思いやりや気配り、粘り強さや努力することなど、人として大切なことを学んでほしいと思っていました。監督の私自身が未熟であったために思うように勝たせてあげることができないことも多かったですが、子どもたちは様々なところで、その姿勢やひたむきさを褒めていただことが、私にはとても嬉しいことでした。多くの子どもたちが高校に進学してからもバレーを続け、その後ますます立派になっている姿を見るたびに、子どもたちの素晴らしさと無限の可能性を感じました。そして、そんな素晴らしい子どもたちと出会えた奇跡に、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

 国分さんは、日本一になって有頂天になっていたとき、司馬遼太郎『項羽と劉邦』という本に出会います。貴族出身で能力の高い項羽と、農民出身の劉邦が覇権を争うわけですが、最初は圧倒的に項羽が優勢で、中国領土をほぼ手中にしていたのに、結局は劉邦に敗れ、31歳で自ら命を絶ちます。国分さんは「項羽は一時的にせよ、31歳で日本の何十倍も広い中国領土を制覇した。私は35歳でこの狭い日本を1回制覇したぐらいで、何をうぬぼれているんだと、金づちで頭をカキーンと殴られたようだった」と話されています。 少しぐらいの成果や満足いく結果が出たとしても、驕(おご)ったり調子に乗りすぎたりすることなく、常に謙虚であれと教えてくれているのだと思います。

 私の尊敬する方々も皆そうです…。


(ひとりごと第1126号)