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【1月19日】一緒に過ごせる時間

公開日
2026/01/19
更新日
2026/01/19

校長のひとりごと

 一昨日1月17日は、6434人の命が奪われた「阪神大震災」から31年が経った日でした。17日・18日の新聞等の報道では「記憶をどう継承?」という話題が多く載っていました。兵庫県内で執り行われた追悼関連行事はこれまでで最も少なるということです。記憶を風化させず教訓の継承をしていくか…難しい課題です。

 1月18日付、読売新聞の記事からです。


 神戸市中央区の東遊園地で開かれた追悼式典で、兵庫県加古川市の訪問介護員、佐藤悦子さん(62)が遺族代表として行方不明になった母・正子さん(当時65歳)への手紙を読み上げた。

「お母ちゃん、どこにおるん? もう31年会えてないよ」

 当時、正子さんが一人で住んでいた神戸市須磨区のアパートは全壊し、火災で全焼。焼け跡から母は見つからなかった。半年後、親戚に促され、骨つぼにがれきのかけらを入れて葬儀を営んだ。翌年、失踪宣言が認められて法的に「死者」となった。今も完全に受け入れられたわけではない。それでも1月17日には、母の名前が刻まれた銘板があり、「お墓がない母に思いを伝える唯一の場所」の東遊園地を訪ねる。

 阪神大震災の行方不明者は、正子さんを含め3人おり、犠牲者数には含まれていない。行方不明者の家族として初めて遺族代表を引き受けたのは、行方が分からない人や家族のことを、震災後の世代に知ってもらいたいと思ったからだ。

 「お母ちゃんとの思い出を思い返すたび、当たり前に一緒に過ごせる時間の大切さを改めて知ったよ」。そう母に語りかけ、「お母ちゃん、ありがとう」と手紙を締めくくった。


 阪神大震災だけでなく、様々な災害の中で「行方不明者」という方がおられ、その家族は生きていることを信じ続け、探されている。時が経ち、法的に「死者」となっても簡単に受け入れることなんてできないと思います。行方不明のままでは、どこかで「もしかしたら…」というかすかな希望と、「いや、もういない…」という厳しい現実との狭間の中で心が揺れ動く…。もしかすると、「あのときこうしていれば、助けられたのに」とか「自分だけが生きてていいのか…」とかという罪悪感のようなものを感じる方もおられると聞きます。さらには、このことを風化させてはいけないという使命感と周りが忘れていく孤独感のような気持ちになることもあるとのこと…。

 私たちは、節目節目でしっかりと「振り返る」「改めて見直す」ということが大切なのだと思います。そして、「防災・減災の大切さ」「命の大切さ」などとともに、「当たり前の日常の有り難さ」「生かされていることの尊さ」をしっかりと心にとめ、一日一日を大切にしなければと思います。


(ひとりごと第1148号)