【2月12日】ピリオド
- 公開日
- 2026/02/12
- 更新日
- 2026/02/12
校長のひとりごと
ミラノ・コルティナ冬季五輪、スキージャンプ混合団体において、日本は初の表彰台となる銅メダルを獲得しました。2022年の北京五輪で、女子エースであった高梨沙羅選手が1回目103mの大ジャンプを見せたものの、スーツの太ももまわりが2cm大きかったということで規定違反で失格、「記録なし」となりました。そのときの高梨選手が号泣し落ち込んでいる姿は、私も覚えています。2回目はスーツを着替え何とか飛びましたが、日本チームは4位という結果に終わりました。高梨選手はその後、自身のインスタグラムに次のような思いをつづりました。
「私の失格のせいでみんなの人生を変えてしまった。責任が取れるとも思っておりませんが今後の私の競技に関しては考える必要があります」
高梨選手は、「現役引退」を毎日考えながら過ごしたと後に語っています。しかし、高梨選手を応援するファンやまわりの方の励まし、そして何よりスキージャンプを愛する心が現役続行する決意へとつながったそうです。今朝の読売新聞にもそのことが載っていました。
その年の夏に(現役引退に思い悩んでいた頃)山形市の蔵王ジャンプ台で行った恒例の合宿。練習で飛ぶ姿を見たファンの一人から「沙羅ちゃんのジャンプを見るだけですごく元気がもらえる」と声をかけられた。この一言を聞いた瞬間、落ち込んでいた気持ちが上向いていくのがわかった。「自分のジャンプで人を楽しませることができる。私もそれが楽しくてやってきたんだ」。小学2年生でジャンプを始めた頃を思い出し、競技を続けると決めた。
競技以外の世界にも活動を広げていった。23年には、環境問題に取り組む「JUNP for The Earth PROJECT」を設立。地球温暖化による雪不足でジャンプの試合が中止になることや、人工雪の場所が増えたことを肌で感じていたからだ。このままでは、未来の選手が活躍する場を奪われ、競技存続の危機に直面してしまうという思いが募った。プロジェクトでは、蔵王ジャンプ台周辺のゴミ拾い活動や、樹氷を形作るマツの植樹活動などを続けてきた…。
高梨選手は、五輪では2018年の平昌大会の個人ノーマルヒルでの銅メダル、そして今回の混合団体銅メダルを獲得し、2個目のメダルということになります。しかし、多くの方がご存じだとは思いますが、高梨選手は15歳のときにワールドカップで史上最年少優勝を果たし、それから現在までにワールドカップで63回の優勝(ギネス記録)、そして116回の表彰台(歴代最多)という輝かしい成績を残しています。
また、高梨選手は中学3年生のとき、世界で活躍するには英語が必要になると考え、一般の高校には行かず、インターナショナルスクール(英語のみで授業が行われる)に進学します。高校卒業資格が取れないため、入学してたった4ヵ月で高等学校卒業程度認定試験(大検)に合格しています。当時は毎日11時間勉強していたようです。そんな志が高く、たいへんな努力家の高梨選手にとって、2022年の北京五輪での「失格」は耐えがたいものだったと推察します。それでも高梨選手のこれまでの頑張り、実績、素晴らしさを知っている人たちは皆、彼女を応援していたのだと思います。ですから、今回の団体銅メダルは、本人はもちろんのことたくさんの人たちが喜んでいるはずです(私もその一人です…)。メダルが決まったあと、高梨選手は、これまで共に闘ってきた伊藤有希選手と涙を流しながら抱き合っていました。長年女子ジャンプ界を支えてきた二人だからこその絆を感じ、その映像を見ながら胸が熱くなりました。
高梨選手は、銅メダル受賞後、次のようなことを語っています。
「この4年間、たくさんの人に支えられてここまでこられた。自分が取ったメダルではなくて、みんなに取らせてもらったメダル。人生で一番うれしいメダルです」
「感謝の気持ち。それ以上の言葉があれば表現したいぐらい。みんながいてくれたから幸せな日にできたし、自分の中で一つ、ピリオドが打てました」
やはり、頑張ることは素晴らしい! そして、私たちはたくさんの人たちとかけがえのない出会いをして、たくさんの人に支えられている。さらに、決して驕ることなく、謙虚さと感謝の気持ちを常に持ち続け、前向きに努力していくことの大切さを、高梨選手の姿や言葉から、教えていただきました。
高梨選手をはじめ日本チームの皆さん、銅メダル獲得おめでとうございます。これからも応援させていただきます。
(ひとりごと第1164号)