【1月15日】地震大国
- 公開日
- 2025/01/15
- 更新日
- 2025/01/15
校長のひとりごと
今日は、すっきりとしない天気で、真冬の厳しい寒さとなっています。本校ではインフルエンザ等は流行っていませんが、3年生の私立高校専願入試や公立高校の推薦や特色化入試も近いですし、十分に気をつけてほしいと思っています。
さて、今朝の西日本新聞からです。
ラジオの緊急地震速報に身がすくみ、間もなく揺れが来た。おとといの夜、九州を中心に西日本一帯が揺れた。最大震度は宮崎県内で震度5弱。成人の日、3連休最終日にくつろいでいた人も多かっただろう。宮崎の沿岸部では多くの人が高台へ避難し、津波注意報が解除されたのは日付が変わる頃だった。日向灘の震源は、昨年8月に起きた震度6弱とほぼ同じ場所だ。あの地震の後、気象庁は初めて南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)を出した。しばらくの間、漠然とした不安が続いたことを思い出す。今回の地震で気象庁の評価検討会は、特段の防災対応を取る必要はないと判断を示した。ただし、巨大地震はいつ起きてもおかしくないので普段から備えを、との呼びかけは継続中だ。
阪神大震災30年を前に、本紙は神戸新聞の記事を載せている。震災の記憶や教訓を考える連載に学ぶ点は多い。阪神を機に災害医療の仕組みは整備された。それでも南海トラフ地震では必要な手当てを受けられずに亡くなる「未治療死」の大量発生が想定される。だが耐震化や家具の転倒防止などの防災・減災策を進めておけば、病院への患者の殺到を防ぎ、死者が8割以上も減るという。次の大災害に立ち向かうための神戸からの提言である。〈平生からの防御策〉こそが重要だと寺田寅彦は記した。地震大国に暮らす以上、揺れの恐怖が残っているうちに備えを。
私は、一昨日の地震が起きたとき、部屋で仕事をしていたのですが、まったく揺れたことに気づきませんでした。私の住んでいるところでは「震度2」くらいではなかったかと思うのですが…。そのあと、ネットニュースで地震が起きていたこと、その震源が日向灘(宮崎の東南東20km付近)だったということを知り、大丈夫だろうか?と不安になりました。本当にいつどこで起きてもおかしくない地震にいかに備えるか…。西日本新聞の紙面には今日も「阪神大震災30年 災害の記憶」というタイトルで神戸新聞の記事が載っていました。そこにはこんなことが書かれています。
平時は見えなかった、あるいは見ようとしなかった社会の課題が災害によってあぶり出される。例えば、阪神・淡路大震災でも老朽化した木造住宅密集地が壊滅的な被害を受け、高齢者は劣悪な避難環境で命の危険にさらされた。スーパーや量販店に押されつつあった商店街は店をたたむ人が相次ぐなど…。能登半島地震を見ても、過疎や高齢化の問題とともに、身近な自治体の力(人的・物的・財政的)が弱っていることが非常に問題である…。
防災や減災を考えるときに必ず言われるのが「防災の三助(自助・共助・公助)」です。自分自身で身を守ること、互いに助け合うこと、そして公的な支援や対策が大事です。しかしながらパーフェクトにはできません。限界があります。それでもなお、個人で、地域で、行政で連携し、考え、できる限りの準備や備えをしておくことで、少しでも被害が減るようにすることが大事なのだと思います。
神戸新聞の記事にはこんな言葉が書かれていました。
「災害が起こってからの『アフター』(後)ではなく、『ビフォー』(前)が重要」
起きる前の準備…皆さんはどんな準備や備えをしていますか?