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【4月30日】役割

公開日
2025/04/30
更新日
2025/04/30

校長のひとりごと

 明日の「第55回体育祭」の結団式を控え、リーダーの子どもたちは、ずいぶん前から準備や練習を行っています。グラウンドでは、集団行動や大縄跳びの練習、100メートル走のタイム計測などが行われ、子どもたちの元気な声が校内に響き渡っています。いよいよ明日から、全校生徒による本格的な体育祭の練習が始まります。特に、最高学年になった3年生の子どもたち、中学校最後の体育祭を「史上最高にしたい!」という強い思いを持って、取り組んでいるだろうと思います。ぜひ、3年生はもちろん全校生徒にとって「最高の体育祭だった!」と言える体育祭になるよう、教職員一丸となって支え励まし、応援していきたいと思います。


 さて、先日から紹介している遠越段さんの著書『すごい名言100』の「人は与えられた役割を愚直に全うしていく」です。


『私は、この世を、めいめいが何か一役ずつ演じなければならない舞台だと思っている』(ウィリアム・シェイクスピア[劇作家・詩人/イギリス])


 イギリスの作家であり医者であるサミュエル・スマイルズの『自助論』の第一章でスマイルズは、シェイクスピアの多彩な才能に触れ、それが小さい頃からの貧困によるものだと述べている。シェイクスピアと同じく孔子や福澤諭吉も貧乏だった。それがゆえに何でもできるようになったことをそれぞれが述懐(じゅつかい:思いを述べること)している。

 シェイクスピアにおいていえば、貧困の時期を耐えたことは超一流の劇作家として活躍するために必要なプロセスだったように思う。孔子、福澤諭吉も教育指導者として、貧しかった時の経験を生かしている。

 人はこのようにしてその人に合った役柄を与えられる。この世を舞台と捉え、必ず一人ひとりにふさわしい役があるというシェイクスピアの言葉は、人はそれぞれに向いた才能を有していることを教えてくれる。あとは、それを見つけ、伸ばしていくのである。人の力を借りることも多いし、師に引き出されることもあるが、まず自らが、自分のやるべきことを探すことであろう。


 子どもたちも、今、実行委員、ブロックリーダー、係長、ブロック画員…など様々な立場で、「最高の体育祭を創りあげるために」、一生懸命に自分の役割を果たそうと努力しています。人には必ず、それぞれの役割があります。時々、「自分には長所がない」とか、「自分はどうせ…」なんてことを言う人がいますが、決してそんなことはありません。みんな人それぞれにかけがえのない“よさ”があり、素晴らしく光るものがある。そして、必ず、その人の“役割”がある、と思います。それと同時に、「人は、役割や立場を経験することによって、また成長する」と私は思っています。ですから、子どもたちには様々な立場や役割を担いつつ、失敗しながらも努力をしていくことで、人としてどんどん成長していくと思います。

 この体育祭の取組によって、子どもたち一人一人が、自分の役割に責任をもち、みんなのためにも努力していくことで、学級、学年、学校がますます素晴らしいものになっていくと思いますし、最高の体育祭へと繋がっていくと確信しています。

 いよいよ明日は、「結団式」そして、「全体練習」。限られた時間の中で、それぞれができることを精一杯に、協力しながら取り組んでほしいと思います。そして5月17日、子どもたちはもちろん、観る人すべてが感動できるような素晴らしい体育祭になるよう、職員も共に頑張りたいと思います。


(ひとりごと 第1007号)